99/05/30 「ご存知?世界四大珍獣」

99/04/28-05/09まで、シンガポール、マレーシア、南インドを旅しましたが、シンガポールでは、現地在住の友人夫妻、今回現地で合流した職場の友人家族らとシンガポール名物「ナイト・サファリ」へ行ってきました。

 ナイトサファリは、シンガポール動物園の夜の部とでも言いましょうか。場所(隣接)も、入口も違います。昼の部の動物の一部は、夕方にナイトサファリのエリアへ移動させられるそうです。現地在住の友人が言うには、『今日も残業だよ〜』とそんな気分でトボトボ移動させられる動物達を目撃したとか。夜の部であるナイトサファリの方が入場料も高いでしょうから、彼らにしてみれば確かに時給の高い残業ですね。(笑)
 シンガポール動物園では、世界四大珍獣のうちの2つを見ることができます。コビトカバとボンゴです。コビトカバは昼の部でしか見られないそうで、ナイトサファリでは、ボンゴを見ることができました。(左)

 珍獣というのは、今話題のトキのように絶滅の危機に瀕しているとかという意味だけの珍しいではなくて、姿も珍しい(変わった)という意味なのではと、今回一緒にナイトサファリに行った職場の友人と話したのですが、彼はカモノハシがなぜ入らないんだろうと言っています。また、象とかキリンの方がよっぽど姿が妙なんじゃないかなとも言っています。ちなみに以下は、ナイトサファリでの象、キリンです。ソニーのデジタルビデオで撮ったのですが、自分の機種にはナイトショット機能がありません。ナイトショットで撮るともっと鮮明に撮れるのかもしれません。彼らは昼から働く残業中の動物達かもしれません。

さて、残る2つはと言うとジャイアントパンダとオカピです。
これらの動物を見ることのできる日本の動物園を調べてみました。
オカピは、1999年4月24日オープンの横浜動物園ズーラシアにしかいないようです。

 参考ページは、以下の通りです。

世界四大珍獣の見られる日本の動物園

ジャイアントパンダ:上野動物園、アドベンチャーワールド(和歌山)

コビトカバ:上野動物園、東山動物園(名古屋)

ボンゴ:金沢動物園、東山動物園、姫路セントラルパーク

オカピ:よこはま動物園ズーラシア(1999年4月24日オープン)

99/04/19 「イタリアお役立ち情報」

99/03/27-04/05、シチリア島、アマルフィ海岸、カプリ島、イスキア島、ナポリ、ローマと南イタリアを旅したのですが、近々イタリアに行かれる方のための情報を書きます。

  •  NATO空爆の影響で、シチリア島のカターニア空港は閉鎖されていました。現在はどうなっているか確認していませんが、注意してください。パレルモ空港は大丈夫でしたので、シチリア島に空路で全く行けないわけではありません。カターニア空港からマルタ共和国へ行く人は事前に確認されるのがいいと思います。旅行中、何回か上空を軍用機が飛んでいるのを目撃しました。 
  •  ナポリ中央駅近くのおすすめの宿があります。名前は「Hotel Delle Nazioni」といい3つ星クラスです。ガリバルディ広場から北西のPRINCIPE UMBERTO広場へ向かう斜めの道の左側にあります。真中の写真のラファエルさんに私のホームページを見たと言えば以下の特別料金で泊めてくれるそうです。ハイシーズンでもこの値段です。部屋はきれいで、シャワーは温かいお湯が出ます。私が泊まった部屋はドアには12万Lとか書いてありましたが、8万LでOKでした。日本人には好意的なので、別にホームページを見たと言わなくても、この値段なのかもしれませんが。

ホテル名:Hotel Delle Nazioni (3つ星)

場所:ナポリ中央駅ガリバルディ広場北西角。Vico Ferrovia n.6

Tel: 081-5548632,5548613 FAX: 081-5548836

特別料金:シングル 8万L,ダブル 13万L,

       トリプル 18万L,クアトロ 20万L(シャワー、朝食付き)

Hotel Delle Nazioniラファエルさん

ホテルの地図(ナポリ中央駅、ガリバルディ広場)

99/03/16 「”だんご3兄弟”、”黒ネコのタンゴ”、”およげ!たいやき君”」


 
巷を騒がせている「だんご3兄弟」、ついには「黒ネコのダンゴ」も出るとか出ないとか。唄うのは「黒ネコのタンゴ」(MIDI)が大ヒットした皆川おさむさんだそうですね。今はどんな声なんでしょう?

 それから、「だんご3兄弟」で忘れてはならないのが、不動のシングル売上453万枚の記録をもつ「およげ!たいやき君」(MIDI)です。この記録ついに抜かれるのでしょうか?この歌を唄っていた子門真人さんという方、皆さんご存知ですか(非公式ページ)?私のいとこの友人で、いとこの結婚式の披露宴でナマの「およげ!たいやきくん」を聞かせてもらったことを覚えています。この歌がヒットした1976年2月頃の当時のチャートを調べたのですが、懐かしい歌が並んでいました。いくつかをピックアップすると、以下のような感じです。

 なごり雪(イルカ)、俺達の旅(中村雅俊)、いちご白書をもう一度(バンバン)、あの日にかえりたい(荒井由実)、木綿のハンカチーフ(大田裕美)、そして、岩崎宏美、山口百恵、桜田淳子、西城秀樹、野口五郎らも名を連ねています。とっても懐かしいです。

変則みたらし団子 さて、旅好人茶屋らしい団子話をします。みたらし団子は近江の唐崎という場所が発祥だそうですが(建設省近畿道路局のページ)、関西に住んでいた頃、京都か奈良かどこかで(花見の季節だったように思う)「だんご3兄弟」的に言えば、下の兄弟に仲間外れにされている長男みたいな1個が他と離れている、右の写真のような変則みたらし団子を食べたのです。これが、どこのみたらし団子かご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
 
この変則配置には何かいわれがあったようにも思いますが、それについても知っていらっしゃる方は教えてください。

 * 「黒ネコのタンゴ」、「およげ!たいやき君」のMIDIデータは萩本善久さんのホームページ(http://www.asahi-net.or.jp/~KX8Y-HGMT/)のものです。

99/03/09「タイタニック」

砂絵ボトル(TITANIC) 98年は映画タイタニックが大ヒットしましたが、この映画にまつわる話をさせていただきます。97年の年末から98年の年始は香港にいたのですが、当時No.1の成績を上げていました。しかし、その後日本で1年もロングランを続ける映画だとは思っていませんでした。

 10月にはヨルダンに行ったのですが、なんとアメリカ映画には縁がないと思われたこの国でもタイタニックは流行っていたようです。サンドボトルとでも言うのでしょうか色砂で絵を描いたボトルの土産品をこの国ではよく見かけました。たいていは、右側のボトルのような砂漠の風景が多かったのですが、ふと目に止まったのが左側のボトルです。ボトルシップというのがありますが、砂絵版タイタニックのボトルシップとでも言いましょうか、なかなかシャレてますよね。タイタニックの絵はこの店だけで、買ってくるべきだったとちょっと後悔しています。見にくいですが、船体の上の方に「TITANIC」という文字がしっかり描いてあります。

99/02/14 「フセイン国王とトウ小平」
国境(アカバ)ピースウエイホテル(ペトラ)の国王写真
 昨年の98年10月にヨルダンへ行きましたが、先週2月7日にフセイン国王が死去されました。

 ヨルダンでは、フセイン国王を尊敬する人が多く、ペトラ(ワディムーサ)のピースウェイホテルではロビーに国王の写真を額に入れて飾っていました。若い頃の写真です(左)。

 また、国境での写真撮影は通常禁止されていることは旅慣れた方ならご存知だと思いますが、アカバ(紅海に面したアラビアのロレンスで有名な街)からイスラエルへの国境越えでは以下のような写真を撮らせてもらえました(右)。係官が暇そうにしていたのと、話せばわかってくれそうな人と感じたので、思いきって「国境越えの記念に写真を撮ってもいいですか。」と聞いてみたのです。そうしたら、予想外な返答「もちろんOK。ヨルダンの国王の写真を撮っていきなさい。」と言われ、言われるままにゲートを越えて中立地帯に入って、ヨルダン側を振り向くと大きなフセイン国王の写真があるではないですか。ヨルダン国境のいい記念写真が撮れると大喜びでシャッターを押しました。この後、イスラエル側も望遠をきかせて写真を撮りましたが、中立地帯を歩き終えてイスラエル側ゲートに到着してからは、とても「写真を撮ってもいいですか」などと口にはできないほど怖そうな人で取り調べもすごく厳しかったです。わずか数100mの距離なのですが、国が異なると人がこうも違うものかと実感しました。おかしかったのは、ヨルダン側ではハエが多かった(ペトラ遺跡など)のですが、イスラエル側の入国審査の建物内では蚊がやたらと多かったです。入国審査官は、イスラエル側では女性が多かったです。ボディ・チェックがあるので女性なんでしょう。女性といってもとても冗談が通じそうな人ではなかったです。 

 香港返還の年、97年1月に、香港から日帰りで中国の深センに行きました。深センはトウ小平が経済特区に指定して以来、小さな村が大都市に発展したわけで、深センに住む人達は彼を大先生として崇めたてていました。(グループツアーで深センへ行ったのですが、現地のガイドが言っていました。)深センの交差点では彼の肖像画のある大きなスローガン看板があり、社会主義国らしい光景と思い写真を撮っていました。その後、2月に彼が亡くなり、この看板の前にたくさんの花束が飾られているのをTVで見ました。


Copyright (C) 1998-2000 Nobuo Namekawa All rights reserved.